dZAKIYAMAのブログ

若手教師が日々感じたことを書いていきます。

ラストスパート

やっとしんどさが抜けてきました。

通知表の所見などを書き終え、管理職の一時チェックへ。

たくさんのお直しをいただき、それもこの土日でほぼ直し終えることができました。

いやー長かった。

まあ、まだ終わったわけではないので、気は抜けません。

ただ、この通知表作成を通して感じたのは、「誰をイメージして書くのか」ということです。

指導教官や同じ学年の先生の中では、「生徒が読み手」として文章の添削を受けました。

しかし、管理職からは「保護者が読み手」として文章の添削を受けました。

もちろんどちらも間違えではないと思うし、むしろどちらも考えるべきであると感じます。

ただ、個人としてどちらを優先するかということです。

うーん、難しいです。

そこをどちらかにすることで、文章の持つニュアンスが変わってくると思うので。

まあ、私がイマイチ、いただいたご意見をうまく拾えていないのが主な原因であると考えれらます。

こういう「グレーな部分」は慣れていくしかないのかもしれません。

 

また、授業についても考えなければいけないことがあります。

どうやら学年の学級委員の話し合いの中で、理科の授業中うるさくなったという意見が出たのです。

まあ、確かに他の授業よりかは生徒に任せる部分が多いので、うるさいのかもしれないですが、ただ単にうるさいという場面はあまりないのです。

あったとしても、時期が時期なので、全体に対し、そこは注意を入れます。

でも、その中でもやはり静かな雰囲気で授業を受けたいという子らが多かったのかなと少し反省しております。そんな子ももちろんいますよね。

だからこそ、ここで一つ考えておきたいのは、授業自体は、彼らの「学び」に繋がったかということです。

静かに授業を受けたからといって、それが自分の「学び」に繋がるかどうかは別だと思います。

むしろそれは、「今までの良い授業態度の受け方」をそのまま適応させているのではないかと考えます。

つまり価値観が、「学び」よりも「先生にとって良い授業」を優先させているのかなというイメージです。

私は授業中のシーンとした雰囲気は正直苦手です。

むしろ私は、生徒が自然に話しているのを見て、適宜アドバイスをしていくことが楽しいし、それらが伝搬していく過程が好きです。

それが「みんなで考え、授業を作る」に繋がると思うからです。

実際問題、私の授業でただ単にうるさくて学べていないということであれば、それは要改善であります。(まあ、そうでなくとも要改善であります。)

ただ、今の状態では、どういう意図で言ったのかよくわかりません。

もう最後の授業を終えてしまったクラスもあるので、2学期に生徒に聞いてみようと思います。

どんな答えが返ってくるか楽しみです。